※『slow tempo giraffe graph』と同一夢主イメージです。















 わあわあと何やら言い合いながら体育館に姿を見せた緑間と高尾に、はドリンクを準備する手を止めて顔を上げた。
 この二人が一緒にいると、だいたいが賑やかである。普段そう進んで喋る方ではない緑間だが、高尾を相手にしていると口が忙しい。というのもだいたいが高尾のせいで、 緑間の時々ずれる発言にいちいち突っ込んでからかうからなのだが、当の緑間には自分がぼけた自覚などないのでおもしろがる高尾にたいそうご立腹だ。ツッコミにツッコミを入れる 緑間の様子にまた高尾は喜ぶので、まったく埒が開かない。端から見ればつまりはただのじゃれあいなのだが、その日はどうも様子が違っていた。行儀の悪いことにお互いを指さし合い、 ああでもないこうでもないと声を荒げている。
 何かあったのだろうか。は少しばかり不安に思い、きーきー言いながら更衣室へ入っていこうとした二人に声をかけた。

 「あの、緑間くん、高尾くん、こんにちは。何かあった、」

 の? とが疑問文を完成させる前に、振り返った二人は待ってましたと言わんばかりに両側からの肩を掴んだ。

 「「!!」」

 「はっ、はいっ?」

 「おしるこって食いもんだよな!?」

 「飲み物だろう!?」

 「は、え?」

 唐突な質問の意図が掴めず、は目をぱたぱたとまたたかせた。高尾はの肩を掴んでいた手をぱっと離すと、そのまま隣の緑間を「いやこいつがさー」と指さして話し出した。

 「今日これでおしるこ三本目でさ。あんまりやりすぎだもんでオレが飲み物じゃねーんだからっつったら」

 「おしるこは飲み物に決まっているのだよ」

 「とか言うからさー。いや、ありえねーっしょ。こんなでろでろで甘いもんが飲み物とかねーわ。餅入ってるし!」

 「“しる”とついているからには液体であり飲み物なのだよ。でろでろやら甘いやらは問題ではない」

 「じゃ真ちゃんは喉が渇いたらみそ汁飲むのかよ? おしるこもみそ汁も“しる”ってついてっけど、ファミレスとかのメニュー表ではどっちも飲み物にゃ振り分けられてねーぜ」

 「だがこうやって缶に入れられて自販機で販売されている。食い物ならこうはいかないだろう」

 「イマドキはおでん缶ってのもあんだぜ」

 「それは例外だ」

 つまり、スイカは野菜か果物か。その次元の言い争いだった。
 なおも議論を交わす二人と、緑間の手に握られている本日三本目になるらしいおしるこ缶を見比べ、は思わず噴き出してしまいそうになり、慌てて口元を手でおさえた。あんまり 真剣な様子だったので、何かあって喧嘩にでも発展してしまったのかと思えば、何のことはない、いつもどおりの仲良しな二人だった。安心すると同時にとてもほほえましい心持ちに なり、は目元をにこにこさせて二人を見守った。

 「でさっ、はどう思うよ?」

 「え、私?」

 「飲み物だろう?」

 「食いもんだよな?」

 「えーと……確かに、一日に三本はちょっと多いかもしれないけど」

 「ほら見ろー!」

 「くっ……そうなのか、

 「うん。でも、ちょうどおしるこがおいしい季節だし。緑間くんがおいしいと思うなら、食べ物でも飲み物でも、どっちでも構わないんじゃないかなあ」

 のほほんとして言ったに、緑間と高尾は目を丸くした。ぴたりと静かになったかと思えば両方からまじまじと見下ろされ、は首を傾げる。と、その後方からを呼ぶ声が かかった。同期のマネージャーだったが、が中断してしまっていたドリンクの準備を引き受けてくれようとしていた。はそれに気づくとたいそう慌てた様子で、緑間と高尾に 暇を告げると仕事に戻っていった。
 更衣室へと続くドアの前で二人はしばらくの間ぽかんとしてその後ろ姿を見送っていたが、やがて高尾がぽりぽりと頭をかいて呟いた。

 「やー……なんつーのこういうの。毒気抜かれるっつーか和んだっつーか、まあごちそうさんなわけだけど。なあ、おい、真ちゃん?」

 高尾が覗き込み、緑間はようやくはっとした。自分としたことが、去っていくを目で追うばかりでしばらく何も考えられなかった。不覚と共に疑問がわく。先ほどのの 言葉を聞いた瞬間、体のどこかがふわりと浮き上がったような、あの妙な感覚はいったい何事だったのだろうか。
 正面からじいっと観察するような高尾の目に気づき、緑間はあからさまに不愉快を主張するような声と表情をつくった。

 「……何なのだよ」

 「ん? いやー? 真ちゃん何に見とれちゃってんのかなーと思って。なあさっきのさあ、」

 「うるさいこれでも飲んでいろ!」

 「がぼへっ」

 三本目のおしるこは結局緑間の口には入らず、ただ高尾の制服を汚すこととなった。