※桜井くんが電車通学、オトメン
電車の揺れと共に、ひらり。視界の隅で何かが舞って、足元に落ちた。まばたきひとつで、そちらへと視線を移す。
白くて縦に長い、てっぺんに黄緑色のリボンがついた紙。たぶん、本のしおり。それが滑ってきた軌跡を目でたどると、その先には紺色のブレザーにスラックス。私と同じ桐皇学園の、
男子の制服だ。
その男の子は、扉の傍に立っている。左手で文庫本を持ち、右手で扉脇の手すりを掴む。電車が揺れても、足元はぐらついたりせず、しっかりと立っている。それなのに、他の
乗客に向ける形になった背中は、どことなく申し訳なさそうな雰囲気だ。扉にもたれれば楽なのに、そうしていない。
落ちたしおりには、その子も誰も気づいていない。私はそっと、席を立った。
「あの」
「……っえ、はい?」
「落としましたよ」
首だけで振り返った男の子の目は、大きくてくりくりしていた。茶色くてさらさらした髪が、窓からの夕日に透けている。
男の子は私のてのひらに乗ったしおりを見とめるやいなや、どうしてか顔を真っ青にした。
「す、すすすすいません! あの、ボク落としたりなんかして、ほんとすいません!!」
どうしてか全力で謝られて、私は面食らった。もしかして、拾ってはいけないものだったのだろうか。言葉を探して黙る私を見て、その男の子はまた謝る。謝ったことに謝る。
更に謝る。重ねて謝る。
言葉を挟む隙間もなくて、私は困ってしまった。視線をさまよわせ、ふと、てのひらに乗せたままだったしおりに目を落とす。
「あ」
「ハイっ!? すいませんっ」
「押し花ですね」
「はい? あ、はい、すいません、あの、押し花で……」
男の子は、やっと口ごもってくれた。少し俯いて、口をぱくぱくしている。
私は押し花のしおりを両手で持って、じっと見つめた。透明でつやつやしたラミネートの下に、小さくて可愛らしい桜色の花が散らばっている。
手作りですか? と問いかけると、男の子はますますもごもごした。小さな声で、はい、と返事をして、また心の底からのように謝る。
「すいません、男が、押し花だなんて……」
「いいえ。素敵で、きれいです」
「え……?」
「はい、どうぞ」
私が差し出したしおりを、男の子はくりくりした目で見つめた。何だかぼうっとして、そのしおりを受け取る。けれどまたすぐに、なぜだかはっとした顔をして、それを私の
てのひらに押し返してきた。私は驚く。
男の子は、泣いてしまうかと思うくらいに、真っ赤な顔をしていた。
「あの、よければ、すいません、差し上げ、ます」
慣性に負けて少しだけつんのめってしまい、ちょうどそのとき、電車が駅に止まったことに気づく。車掌さんのアナウンスと一緒に、空気の抜ける音を立てて扉が開いた。
男の子は、大きなエナメルバッグを慌てて肩にかけ直した。
「あ、あの、それじゃあボクはここなのでっ」
勢いよく、頭を下げる。その一瞬に香ったのは、とても優しい匂い。
電車から駆け降りていったその男の子を、私は扉の前に立ったまま見送った。左手には、手渡されたしおり。
桜色の小さな花が、瞳の中で踊った。
花の匂い
Title / hakusei
ひととせの嘆から、変換させていただき拝借