※ツンデレ主人公
気の抜けるメロディーとやる気のない店員の挨拶を背に、紫原はふと思った。
どこだここ。
背後で、コンビニの自動扉が閉まる。遮断されたクーラーの冷気に、舞い戻ってきた夏の熱気。車両2、3台が限界の狭い駐車スペースには、しかし1台の車も入っていない。
アスファルトが、無駄に日光に焼かれているだけだ。
そのど真ん中に突っ立ち、紫原はとりあえずアイスの袋を開けた。これだけは、早く食べないと溶けてしまう。モナカの中にバニラアイスが詰まったそれをひとくち齧る。
甘さと冷たさが、暑さで溶けていた思考を徐々に元の形に戻していく。生き返るような気分に、できればもっとアイス多めの買い物がしたかったと、残念な気持ちが湧き上がる。
しかし、この炎天下にアイスの持ち運びは遠慮したいと、さすがの紫原でも思う。思ってから、なぜ持ち運ばねばならなかったのかという考えに至る。
そこまで来て、紫原は、やっと自分の置かれている状況を思い出した。
「そーだ、校外学習」
それを途中で抜けてきたのだった。
嫌がらせのように、なぜか夏の真ん中に行われるこの行事。厚さと面倒くささの二重奏は、紫原の基本ゆるいネジを抜き落とすには十分だった。班での行動開始直後に、紫原は
無断でその場を抜け出した。そして向かった先が現在地のコンビニ。適当にふらふらとしていたら発見した。ちょうど良かったので、養分となる菓子類を買いあさり、今に至る。
紫原はもぐもぐと口を動かしながら、きょろきょろと辺りを見回した。校外学習と言っても半ば遠足のようなもので、クラス全員がバスに詰め込まれ、少し遠出をしてきている。
当然ながら、右も左も知らない道と建物が続いている。
紫原は人並みに困った。校外学習自体はどうでもいいが、とりあえずバスのある所までは戻らないと、帰れなくなる。道はさっぱりわからないが、試しに歩いてみるか。
適当に歩いたらここに着いたのだから、また適当に歩けばどこかしらには戻れるだろう。
そんな雰囲気の、いまいち迷子の自覚を欠いた考えで、紫原はのそりと歩き出した。
その背中に、声がかかる。
「ストップ! 紫原くん!」
見知らぬ土地で、なぜ自分を見知った人間がいるのか。そのような、またネジをどこかに置き去りにした疑問と共に、紫原は振り返った。
当然、そこにいたのは同じ陽泉高校の生徒だった。
「おー、ちんだ」
「おーじゃないよもー! めっちゃくちゃ探したんだから!」
憤然とそう言って、はずかずかと紫原に歩み寄った。眉間にしわを寄せ、その長身を睨み上げる。額や首筋には少なからぬ汗がにじんでいた。相当に走り回ってきたのだろう。
「ちんその顔かわいくない」
「張り倒すよ。もう、どっか行くなら伝えてって言ったじゃん。班から迷子出したら、怒られるの私なんだから」
「何でちんが怒られんの?」
「班、長!」
「あー、そっか。ごめんごめん」
まったくとまではいかないが、ほとんど悪びれた様子もなく紫原は言った。彼の心からの謝罪など、最初から期待していなかったのだろう。もそれに構う様子はなく、
校外学習の目的地である施設を目指し、愚痴りながら歩き出した。
「ほんと、あんまりナチュラルに抜けてくもんだから、最初は気づかなかったよ。ふと周り見たら紫原くんのでっかい体がどこにも見当たらないし」
「何それオレすごくね? 黒ちんみたい」
「黒ちん? 友だち? まあそれで焦って、施設じゅう探したけどどこにもいないし」
「うん、あそこ売店なかったからさー」
「そう、それでどこかにお菓子買える場所ないか、係員さんに聞いて」
「ちんは探偵みたい」
「ただの迷子探しですけどね。そんでここにコンビニがあるって聞いて、来てみたら案の定」
「いたんだ」
「いたんだよ。あ、紫原くんそっち逆。施設はあっちの方向」
「え、まじでー」
「はあー、もう」
「お疲れ?」
「お疲れだよ」
「ふーん。そんでもちん迎えに来てくれたよね。ありがとー」
軽くそう言って目線を隣に向けると、がいなかった。紫原は眠そうな目できょとんとし、振り返る。
数歩後ろで立ち止まったまま、は俯いて赤い顔をしていた。紫原は首を傾げた。
「ちん?」
「う、うん」
「アイス食べる?」
「い、いや、いい……っていうか食べかけだし溶けてるし!」
「うわ。ほんとだー」
結局、溶けたアイスでべたべたになった紫原の手について、主にがぎゃあぎゃあ言いながら、2人は無事、他の班員たちと合流した。
の顔が赤かったのは暑さのせいだと、紫原は思ったのだが、他にジュースを勧めても受け取らなかったので、少し違ったようだ。そのことが紫原としては少しばかり気にかかった
が、謎は他にもあった。
なぜ、アイスがどろどろに溶けて悲惨な状態になるまで、自分はそれに気づかなかったのだろうか。アイスの他に、何に気を取られるものがあったというのか。
ネジのゆるんだ紫原には、その答えがわからなかった。
校外学習で迷子
Title / 魔女のおはなし
「あるようでないベタな展開」から拝借