お別れするなら、きれいにしなくちゃ。素敵な恋でしたと、笑って見送ることができるように





 中学で青峰くんと知り合って、友達になった。私にも彼にもバスケットボールという共通点があって、バスケが好きな奴に悪い奴はいない、だから私もいい奴だと、しきりに言う彼に 私はいつも、嬉しいながらも困ってしまった。かく言う彼もその言のとおりに、素直で明るくて、どこまでもバスケにまっすぐだった。私達の学校は奇しくも全国屈指のバスケ強豪校で、 毎日の厳しい練習にも、地道な練習にも、彼は隔てなくがむしゃらに打ち込んでいた。汗を散らしてボールを操る姿、シュートが決まったときの勝ち気な表情。彼が走り回るその隣の コートから私はいつも彼を見ていて、先輩のお叱りが飛ぶまで自分の手中のボールの存在を忘れてしまうこともしばしばだった。どこにいても彼の姿はきらきらと光っているようで、 どうしよもなく私の目をひきつけた。私は彼のことを好きになっていた。

 けれども、彼のその光はそのうち、鈍い痛みを伴うようになった。彼は強くなった。それは彼の望んだことであり、当然の結果でもあった。入部当初から、彼の才能の大きさは誰の目に も明らかだった。彼にその自覚があったのかどうか、ただバスケが好きだと笑っていたその様子からはわからなかったが、彼はどんな些細な練習も怠らなかった。練習して、勝って、 練習して、勝って、彼はそれを繰り返した。そしていつしか、勝ってもあの笑顔を見せなくなった。私はその頃の彼の、彼らの試合を観ては愕然としていた。当たり前のようにたたき 出されるダブルスコア。平然と試合をこなしていく彼らと、最初から諦めた表情でそれを見送る相手チーム。彼らの才能は大きな花を咲かせて、小さな芽をすべて日陰に追いやって しまった。
 彼はバスケが好きだと言っていた。コートに立って、ボールを操って、もしかしたら自分より強い相手と闘うときが何より楽しいと。そんな相手は、もういなかった。彼の立つコートは もはや、彼の好きなコートではなくなっていた。
 それからも、彼は強くなっていった。彼の光も強くなっていった。そこに伴う苦しさや悔しさも強くなっていって、もう、私の目では、見つめることができなくなった。


 「好きでした」

 そうとだけ告げると、彼は少しだけ驚いた顔をして、やがて困ったように目を伏せて、「悪い」と小さく返事をくれた。卒業式の少し前。桜はまだ咲かない。


 私と彼の進路は別れた。彼には少し遠くの学園高校から声がかかり、私には当然そんな話もなく、距離的にも学力的にも近い公立高校に進学することになった。
 彼の笑顔に憧れた私は、彼を追いかけることを諦めた。これ以上、ただ強くなって、バスケを楽しむことを諦めようとする彼の姿を見ていられなかった。つらかった。私は自分が苦しい というエゴで、彼から逃げることを選んだ。
 しかしさつきは、彼についていった。いつだったか、放っておけないとたった一言そう呟いて、伏し目がちに微笑んだのを覚えている。彼女にも想う人がいる。しかし、その人を 追いかけるという、私が弱さ故に手に取れなかった選択を、彼女ならできたであろう選択を捨ててまで、幼い頃から変わらず彼を見守る意を決した。強い彼らと弱い私。私達はすれ違う ようにして、道を別れた。



 「!」

 頭上から声が降って、私は立ち止まった。首を上向け、視線をさまよわせる。まだ少し冷たい風になびく桃色の髪はよく目をひいて、私はすぐにその子の姿を見つけることができた。 校舎の二階の窓から身を乗り出し、こちらに向けて左右に大きく手を振っている。屈託のない行動に、私は苦笑する。

 「危ないよ、さつき!」

 「大丈夫だよー! ねえ、今帰り?」

 「うん」

 「一緒に帰らない? すぐ行くから、ちょっと待ってて!」

 そう声を響かせて、こちらの返事も待たずに教室の中へと引っ込んでしまう。私は笑いまじりのため息をついて、その場で鞄を肩にかけ直した。
 ふと、彼女の姿が消えた窓辺に、彼女以外の人が佇んでいることに気がつく。紺青色の短い髪に、よく日に焼けた肌。こちらに向いた黒い瞳に、心臓がひとつ大きく鳴った。どうやら ぶっきらぼうに手をポケットに突っ込んだ姿勢で、私のいる方を見下ろしている。鼓動はすぐに落ち着いた。何か言いたげなへの字口に私は、彼女に声をかけられたときと同じように、 素直に笑うことができた。

 「青峰くん!」

 「……よう」

 「青峰くんも一緒に帰ろう」

 そう言って、てのひらを差し出した。届かないてのひら。彼は校舎の二階に、私は外にいるから当然だ。それでも私は、心の隅で少しだけ、その寂しさを実感する。
 彼は少しだけ目をみはったようだった。引き結んだへの字口をますます曲げて、少し俯き、首の裏をばりばりと乱暴にかく。そしてまた顔を上げたときには、こごりがとけたように 小さく笑っていてくれた。

 「……おう。すぐ行く」

 そして振り返って、窓の中へ姿を消した。


 「、おまたせ!」

 「さつき。青峰くんも来るって。待っていよう」

 「え? さっきは行かねーとか言ってたのに! もー、何よそれ、の言うことは聞くんだから!」

 「ふふ、そうなの?」

 さつきの膨らんだ頬をつつく。青峰くんを待つ間、私達は明日泣くかな、どうかな、などと話をした。明日はそう、卒業式。桜はやはりまだ咲かない。ただ小さなつぼみが、今はまだ 膝を抱えてそのときを待ち侘びている。





 お別れするなら、きれいにしなくちゃ。素敵な恋でしたと、笑って見送ることができるように。花を添えて、色を添えて。いつかまた会って、話をするとき、温かい懐かしさに変わる ように。
 彼と彼女と私に、さようなら、ありがとうと、心の中で手を振った。



Title - 魔女のおはなし 「あるようでないベタな展開」から拝借