「あ、赤司くん、起きてー……」

 蚊の鳴くような声で、祈るような気持ちで、私は呟いた。
 膝の上には、すやすやと安らかな赤司くんの寝顔。「眠い」と主張した彼に、涼しくて気持ちの良い木陰に連れ込まれ、恐れ多くも膝枕をサセテイタダイテから早30分。 正座の心得がない私の両足は、電気椅子に座らされたかのごとく悲鳴を上げていた。もはや断末魔。一刻も早く彼に退いてもらわなければ、もう二度と立ち上がれない 気がする。

 「むしろここまでよく頑張ったと思いませんか、ねえ、赤司くん……お願い起きてー」

 さっきよりも心ばかり音量を上げて訴える。寝起きの彼がどのようなものなのか、その心得も私にはない。悪鬼か羅刹か、はたまた天魔か。しかしこの際、四の五の言って いられない。もう足が、限界なのだ。

 「赤司、くん!」

 「…………んう」

 起きた。私の願いは天に通じたのだ、ハレルヤ。
 赤司くんはむずかるように眉を寄せ、薄く目を開けた。赤い瞳が少しだけさまよって、ふと頭上の私の顔をとらえる。

 「お、おはよう赤司くん、良いお目覚めで。えっと、いきなりで悪いんだけど、ど、退いてもらえる、かな? 私もう、足がしびれて」

 やけにぼんやりとした赤司くんの目は、私の唇の動きを追っているようだった。少し、様子がおかしい。不意に心配になって、私はその目を覗き込んだ。

 「えーと、赤司く……んわっ?」

 後頭部に、感触。それに気づいたときには、一気に引き寄せられていた。
 気がついたら、視界いっぱいに、ピントの合わない赤司くんの顔。
 やけにへちゃっとしたキスだった。

 「…………ああ、か」

 「…………です」

 「犬かと思った」

 そう言って、赤司くんは身を起こした。膝にかかっていた負荷がなくなり、しびれた足に一気に血流が戻る。さっきよりもむしろ酷いその感覚に、私は声にならない悲鳴と 共にもんどり打った。

 「僕の安眠を邪魔する生き物なんて、蚊か、学習しない犬くらいだと思ってたよ」

 「いっ……犬、に、ちゅ、ちゅーとかするんですか、あなたは」

 「しないのか?」

 しれっと言って、肩についた草を払う赤司くん。そんな彼の意外と愛犬家な一面に驚きつつも、足のしびれは引き続き私を苛む。どうせ冗談だろう。そしてこのしびれ 本当に冗談じゃない。
 叩いたりさすったりして足をなだめすかす私に、「ところで」と赤司くんが向き直った。その顔に視線をやると、いやに歪んだ口元。反射的に危険を察知するも、足は起動不可能、 背中には木。開いた赤司くんの唇から、赤い舌が覗く。

 「その足つついたらどうなる?」

 ああ、神様。





寝呆けてキス


Title / 魔女のおはなし
「あるようでないベタな展開」から拝借