※むっくんがポエムなこと言います
つきみバーガーを食べたいという紫原の一言から、と紫原は月見をすることにした。中秋の名月は惜しくも数日前に逃してしまったが、欠けたばかりの月はまだ十分に丸い。
すっかり日も沈み、柔らかい黄色の月が町の輪郭を浮かび上がらせる頃、2人は近所の河川敷に集まった。川原に腰を下ろすと、電線の邪魔がない開けた空を見渡せる。そこここに
生えた草の影が秋の色を濃くした夜風に吹かれ、ささやかな音を立てて揺れる。その音の目を縫うように響く虫の声が涼やかだ。
そんな情緒豊かな風景にひたりたいの隣で、紫原はさっさとつきみバーガーを食べてしまった。それだけでは物足りないだろうと持参した菓子類も、普段より少なめだったのか
、早々に平らげてしまう。とうとうが用意した月見団子にも手を伸ばし、口をもごもごさせながら言った。
「パンチが足りない……」
「お月見にそんなもの求めないでよ」
は思い切りため息をついた。だいたい予想はしていたが、風流もへったくれもあったものではない。バックグラウンドは完璧だから、どこか少しでもいい雰囲気に傾けばと
期待もした。しかしそれは予想どおりに裏切られた。ある意味期待を裏切らないとも言える。
バスケットボールに触れているとき以外の紫原は、大方が食欲でできている。紫原と出会ってから今まで、彼氏彼女という間柄になってからも、の中でその印象は変わらない。
一時期はそれはどうなのかと頭を悩ませたこともあったが、この頃ではそれもいいかという結論に至りつつある。半ば諦めの境地だ。
隣で紫原は団子を飲み込んだ。が持ってきたコンビニの袋を覗き込むと、軽く首を傾げた。
「ちん、このお茶飲んでいいー?」
「ん、どうぞ」
「ありがと」
「ほんと花より団子だよね」
「月よりつきみバーガーじゃね」
は笑った。紫原は何食わぬ顔で、受け取ったペットボトルを傾ける。そのときに、中天に差し掛かろうとしている月が、紫色の瞳にふと映り込んだ。数度まばたきをして、
ペットボトルから口を離す。何気なく、紫原は言った。
「そういやさー、中学のときにあれやったよね」
「あれ?」
「なんか、かぐや姫のやつ」
「竹取物語?」
「そうそれー」
自分で振っておきながら、少し苦い顔をする紫原。それとは反対に、懐かしい話題には喜色を浮かべる。
「やったねー。暗唱した?」
「うん、した。あれ最悪だったー」
「まあ面倒くさくはあったよね。私は割と楽しかったけど」
「げー、まじで? ちんドM?」
「何でそうなるの。ほら、友達とどこまで覚えたか競ったりとか、しなかった?」
「しねーし」
「そっかー。うちの中学ではそれがちょっと流行ってさ。私まだ言えるよ」
「どんなだっけ」
今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。名をば、さぬきの造となむいひける。
がそらんじて見せると、紫原は素直に感心してぺちぺちと手を叩いた。それに気を良くし、は得意げに胸を張った。
「最後の方も言えるよ。かぐや姫が月に帰るところ」
「すげー、なんかよくわかんないけど言ってみてー」
「おうとも」
は少しだけ息を吸い、語り出した。川の流れと草のさざめき、虫の音に、の声も重なる。は記憶からするすると取り出した文章をそのまま読み上げた。
月からの使いがかぐや姫の元へと舞い降り、月へと帰るときが来たことを告げる。姫を愛する帝が手配した兵達は、ことごとく力を奪われてしまった。嘆く翁と嫗に、姫は
感謝と別れの言葉を述べる。その目には、彼らと同じように涙が溢れている。形見にと書いた手紙を2人に手渡し、姫はいよいよ使者達の元へと向かった。差し出された羽衣に
腕を通す。月が天頂に差し掛かる。
最後の一節を紡ごうと開かれたの口に、丸い団子が押し込まれた。
「むぐ!? ……え、何すんの」
「ちょっとタンマー」
口にはまった団子を外し、はその犯人をじろりと睨み上げた。紫原はその視線に特に怯むでもなく、待ったの格好のままを見下ろす。逡巡するような間を開けて、
紫原はぽつりと呟いた。
「なんかさっきのちん、かぐや姫みたいだったから」
また、間。月明かりだけでは色こそわからないが、の頬へみるみるうちに熱が集まっていく。
「は、はあ!? 何それ意味わかんな、ていうか恥ずかしいな!」
「えー、ちんが悪いし。なんか神妙に語っちゃうからさー」
「私は別にただ暗唱してただけで!」
「でもなんかハクシンだった」
「知らないよ!」
風流な雰囲気も吹き飛んだ河川敷で、2人はしばらくぎゃあぎゃあ言い合った。は猛烈な照れくささから、紫原はその子供っぽさから、お互いになかなか譲らない。それでも
秋の夜風がだんだんとの気恥ずかしさを冷ましていく中、紫原がふてくされたように呟いた。
「とにかく、ちんはオレのだし」
だから、月にはやらないとでも言うのだろうか。また熱くなる頬に手の甲を当てて、は空を仰いだ。いい雰囲気に、と願いもしたが、どうしてか妙に恥ずかしい。
ちょうどよくこそこそと雲に隠れていく月に、にやつかれている気がした。
月兎も赤面