※14巻Q&Aの、苦手な動物の話です。14巻未購入の方はネタバレご注意を。
ぐああー、と、割と間近で鳴き声が響いた。声が聞こえた方に首をめぐらせると、近くにあった低木からカラスが1羽、ばさばさと羽ばたいていくところだった。私はその真っ黒な
体をしばらく目で追って、それから隣の紫原くんを見上げた。紫原くんは、さっきのカラスの鳴き声にびくりと首を竦め、そのかっこうのまま固い表情で、私と同じくカラスが
飛び去った空を睨んでいた。
「どうしたの紫原くん」
「うん……もういないよね、カラス」
「いないと思うよ」
「あーびびったー……やだやだ」
紫原くんは少し不機嫌に尖らせた唇から、ふう、と息を吐き出すと、また歩き出した。片手に持ったポッキーの袋から、煙草をそうするみたいに口でくわえて一本取り出し、
ぽりぽりもぐもぐする。
私は少し考えて、鞄を肩にかけ直してから、またその後を追い掛けた。
「ねえ、そういえば、さっきそのポッキーの袋、なんか庇ってたよね」
「うん」
「わかった! 紫原くんカラス苦手でしょう」
「うん」
「お菓子狙われるから?」
「うん、そう。ていうか取られたことある」
紫原くんはその当時を思い出したのか、むう、と顔をしかめた。
しかしこの彼からお菓子を奪い取るとは、そのカラスもなかなかに度胸がある、と私はひそかに思う。ヒネり潰すとかなんとか、たまに物騒なことを口にする彼から。最近ではなく、
小さい頃の話なのだろうか。今よりずっと背の低い紫原くんが、カラスの急襲を受けてうわーんとか言ってしまう場面を想像してみた。無理だった。喜怒哀楽の、怒以外あまり顔に
出ない彼だ。驚きはすれども、「あ」の一言で済ませてしまいそうである。その後がひどく不機嫌だろうけども。
「まあ確かにカラスって割とこわいよねー。遠足のときとかさ、上空旋回してお弁当狙ってたもんね」
「こわいってゆーか腹立つ。人のもの取るとかさー」
「泥棒はだめだよね」
頷きながら、私は、はい、とてのひらを差し出した。それを見下ろして、紫原くんは少しだけ微妙な顔する。
「あ、これもだめ?」
「んんー……ちんだから許す」
握らせてもらったポッキーはカボチャ練乳メロンパン味だった。なんぞそれ。意外とおいしかった。