黒子くんの提案で、コスモスを見に行くことになった。暑さ寒さの彼岸も終わり、秋晴れの空が抜けるように高い今の時期が、ちょうど満開で見頃らしい。そんな、きっと素晴らしい だろうと想像に難くない風景に惹かれたのもあるけれど、何より、他ならぬ黒子くんからのお誘いだ。黒子くんは少し緊張したような、そうっとした口調で切り出したけれど、 お断りする理由なんてどこにもない。私は一も二もなく頷いた。

 黒子くんの部活が午前中だけで終了した日曜日、駅で待ち合わせをした。少し遅い出発だけど、目的地までそう時間はかからないらしい。私たちは電車を乗り継いで、都心から 少し離れた地域まで向かった。東京といえども、少し足を延ばせば、どことなく空気が緩やかに流れる田舎を見つけることができる。そこも、そんな場所だった。

 小さな駅舎をくぐると、すぐそこから、広々とした畑地が広がっていた。少し黄みのまじった緑色の葉をつけた作物が植わり、ところどころに土の茶色が覗く地面が新鮮だ。その 隙間を縫うように、舗装された細い道路が遥か先まで続いている。
 コスモスは、その幾本かの道に沿って、そこを縁取るように咲いていた。

 「わあ……すごい、きれい!」

 「気に入ってもらえましたか?」

 「うん!」

 淡い桃色に、赤に近い鮮やかな桃色。ちぎれ雲のような白。様々な色味の花が、晴れた青い空を見上げて咲き、華奢な茎を風に揺らしていた。細い葉が、網目のような模様を作って 、かわいらしい。
 私はもっと近くで見たくて、ひとつの群れの傍に駆け寄った。

 「はあー……。私、お花見以外でこうやって花を見ることってないから、すごく嬉しいよ」

 「喜んでもらえてよかった」

 「うん! 連れてきてくれてありがとう、黒子くん」

 「どういたしまして」

 「いいなーいいなー、きれいだなあ」

 「そうですね」

 振り返ると、少し離れたところで黒子くんが笑っていた。口元をほんの少し緩めて、穏やかに目を細めて。
 風が吹いて、さらさらと前髪が揺れた。薄い水色が、午後の日差しにきらきらと、光の粉をまいた。

 「……あ、えっと。そうだ、黒子くんカメラ持ってたよね? 写真撮ろうよ! せっかくきれいなんだし」

 「はい、もう撮りました」

 そう言う黒子くんの片手には、シルバーのデジタルカメラが。いつの間に、と首を傾げる私の鏡映しのように、黒子くんは微笑んだまま、ちょこんと首を傾けた。

 「やっぱり、思ったとおり」

 「ん?」

 「コスモスに囲まれたさんは、とてもきれいです」

 「へ」

 間抜けな声が漏れた。対応の仕方が何も浮かばず、ただひたすらにうろたえる私を見て、黒子くんは今度は小さく声を上げて笑った。
 その笑顔の方がずっときれいだと言ってあげたかったのに、続く言葉も見つからなかった。