月曜日の夕方。一日の授業と部活を終えたは、立ちこぎで猛然と自転車を走らせ、自宅近くのスーパーへとやって来た。ガシャガシャと音さえ立てて二輪駐車場に自転車を停め、 鞄を肩に掛けると颯爽と自動ドアをくぐる。明るい店内に入ると、能天気なまでに朗らかなCMソングたちがそこかしこから商品の購入を呼び掛けていた。折しもその日最後の タイムサービスの時刻であった。目玉商品の周りには老若男女さまざまな客がひしめき合い、そのはたでは制服のエプロンを着けた店員がマイク片手に威勢のいい呼び込みを掛けている。 年末商戦を目前に控えた、今が重要な時期だ。
 そんな店側の思惑も客の熱気もすべてよそに、はローファーのかかとを高らかに鳴らし脇目も振らず雑誌コーナーへと向かった。 頭の中を支配するのは、ワ〇ピースの続きのみである。その表情にはどこか鬼気迫るものがあり、少々こわい。は週刊少年ジャ〇プの愛読者であった。
 嬉しいことに、雑誌コーナーに先客はいなかった。ジャ〇プもまだ数冊分が積み上がっており、その中の一冊、下の方に置かれていたあまり人の手に触れられていないきれいなものを は嬉々として手に取った。どうせ購入はするのだが、一日焦らされたぶんの読書欲はピークに達していた。少しだけ、特に続きが気になっていたものだけ読んでしまおう。 はいそいそとページを繰り、ワ〇ピースを見つけると早速かじりつき始めた。


   しばらく時間が経った。結局はのめり込んでしまい、今やワ〇ピースを読了し、ハンター〇ハンターを読みかけていた。は漫画でも活字でも、一度本というものを読み始めると 極端に集中してしまい、周りの様子にほとんど意識が向かなくなってしまう性質である。このときも、ワ〇ピースの冒険と感動に浸り、予測のつかないハンター〇ハンターの展開に夢中に なっていた。なので、まったく気づかなかった。雑誌コーナーの向こう側から、買い物カゴをぶら下げて歩いてくる人物がいることに。更にはその人物も買い物に意識を向けていたからか 、雑誌のラックにほとんど隠れた小柄なの姿に気づくことができなかった。よそ見をしたそのままで角を曲がり、ちょうど目の前にいたの横っ腹に見事にぶつかった。

 「わっ」

 「うお、っと、スンマセ……」

 完全に不意の衝撃でよろめいただったが、横から腕を掴まれなんとか転倒は免れた。紙面の世界から引き戻され我に返ったは、いかんいかんと心中で恥じ入り反省しつつ、 ぶつかってしまった相手に詫びるべく慌てて態勢を立て直した。

 「す、すみませんこちらこそ、ぼんやりしてて……」

 「……?」

 「へ?」

 その人物に向き直ったは、ぽかんと口を開けた。
 誠凛高校、男子の制服。エナメルのスポーツバッグを肩から掛けた、見上げるほどの長身。照明を受けた髪は燃える火のように赤く、その顔はといい勝負の間抜け面だ。
 火神大我。とぶつかった人物は、のクラスメイトである、その人であった。

 呆然とした視線のやりとりと沈黙が、しばらくの間続く。店内放送は相変わらず底抜けに気楽なメロディーで、惣菜の購入をしきりに奨励している。陳列棚の整理を終えた店員が、 無言で見つめ合うと火神を通りすがりに不思議そうに眺め、いらっしゃいませえと間延びした挨拶を残していった。
 その声に、やっとのことで二人は意識を取り戻した。頭をかきかき、先に口を開いたのは火神だった。

 「よ、よう」

 「あ、うん、こんばんは。えっと」

 「あー……」

 「お、お買い物?」

 「ん、まあ、おう」

 頷く火神は、ひどくきまりの悪そうな顔をしていた。食材が投げ込まれたカゴを心なし落ち着きなく持ち直し、目線を泳がせた末にの両手に収まるジャ〇プにはたと目を留めた。

 「はジャ〇プか?」

 「へっ、あ、うん、後で買うんだけどちょっとだけ読んできたくて……」

 「何が好きなんだ?」

 「わ、ワン〇ース?」

 「ああ、おもしれーよな」

 「あ、だよね! おもしろいよね! ……えー、と……」

 このままジャ〇プの話を続けていいものかどうか、一瞬迷った結果は口をワの字にしたまま固まってしまった。それにつられた火神もしかり。
 完璧に会話のテンポを掴み損ねた高校生二人の間を、一人の男子小学生がするりとくぐり抜けた。ジャンプを手に取るとまた同じところをくぐり、母親を呼びながらばたばたと 走り去っていった。



 結局、その雰囲気のままその場でそのまま別れるのも気まずく、二人は一緒にぬるぬる買い物を続けた。は元々ジャ〇プのみ購入の予定だったが、いろいろ見て回るうちに欲が出て しまい菓子類が数点追加された。火神のカゴの中は一般的な一人暮らしが一日に必要とする食材の量を余裕で越えていた。レジで会計を済ませると、火神は自宅の方向、は駐輪場 の方向の関係でおのおの別の出口から帰ることにした。店内で別れの挨拶を済ませると、反対方向に歩き出す。

   入店時と打って変わって、気の抜けた足取りでは自動ドアをくぐった。そこからは見えないが、その反対側の出口では火神も同じようにドアを抜けた。つるべ落としの要領で日が沈んだ 空を見上げ、そして二人はほぼ同時に、がっくりと肩を落とした。

 「「(見られた……)」」

 はジャ〇プにかじりついている現場を、火神は非常に生活感がにじみ出た姿を。それ自体はまあいいのだが、問題はそれを目撃した相手である。気にしていることは実は、二人とも 同じだった。
 よりによって、こっそり想いを寄せる人に見られるなどと。
 なんともいえない恥ずかしさで、二人は数日の間、顔を合わせるたびにひそかに頭を抱えることとなった。