※9巻NGシーンから妄想。タイトルのとおりです。室ちんが非常に情けないのでご注意を。
「そーいえば室ちんの私服ってさー、シンプルなの多いよね」
ポテトを摘んでぷらぷらさせながら、紫原が言った。
珍しく午前のみの部活を終えた氷室と紫原の2人は、久々の自由な時間に外で昼食を取ることにした。運動できっちり腹を空かせた男子高校生の向かう先といえば、大概が
決まっている。とりあえず汗だくになった体をどうにかしたかったので、一度各自家に戻り、着替えてから再びこの場に集合した。日曜日の午後、既に昼食には少し遅い時間帯
だからか、マジバーガー店内の客はまばらだ。その一角で、2人はジャンクフードを貪っていた。
氷室はドリンクのストローから口を離すと、「ああ」と頷いた。少し首元の開いた黒いシャツを軽く引っ張り答える。
「これは、ができればこういうのを着ろって言ったからなんだ」
「? あー、彼女?」
「そう」
「えー、何それ。選んでもらったってこと? おかーさんじゃん」
「いや、そうじゃなくて。怒られたんだよ」
「何でー?」
「オレ、ファッションとかってどうもダメらしいんだ」
ハンバーガーをかじりかじり、困ったように首をひねる氷室。紫原は、友人の笑えそうな一面に少しだけ身を乗り出した。
「まじで。どんなふーに?」
「んー……初めてデートしたときなんだけどな」
「うん」
「オレの格好を見てが、あー……」
「なんて?」
「抽象的でオレもよくわからなかったんだが」
「うん」
「ロックに失敗した堕天使みたいだって」
「ほんとーだ、よくわかんないけどひどくダサそう」
「な、ひどいだろ、敦が」
すみません、こっちの人にサラダお願いできますか? と氷室は片手を上げた。暇そうにトレイを整理していた女性店員は、氷室の顔を見るなりさっと頬を染め、すぐお持ちしますと
言うなり慌てて奥に引っ込んでいった。紫原から抗議の声が上がる。氷室は残りのポテトを摘みながら、そのときのことを思い出した。
待ち合わせたその場所でしばらく頭を抱えていたは、意を決したように立ち上がった。腕を引かれ連れていかれた先は、某大型衣料品販売店。細身のジーンズをぴしっと
着こなしたモデルの大判写真パネルが、店内の壁面を飾っていた。
買い物カゴを引っ掴んだは、氷室に服のサイズを問いながら、次々と商品をその中へ放り込んでいった。選定は、ものの数分で終わった。シャツやらジーンズやらが入った
カゴと共に、氷室は試着室に押し込まれた。いいから着てみてくださいと、カーテンの向こうから指示が飛んだ。服は、どれもサイズぴったりだった。着替えを終えて顔を出すと、
は頷いた。そして店員に何かを尋ねにいった。試着室の前で突っ立ったままの氷室を見て、店員は両頬に手を当てた。の言うことに頷くその勢いがものすごかったのを覚えている。
の交渉の結果、その日、氷室は新しく着替えた格好のまま、店を出た。穴があったら入りたいとはこのことかと氷室は思ったが、はこれでいいのだと満足気だった。そしてこうも言っていた。
「ユ○クロの服を着て女の子にガチで振り向かれてる人、初めて見ました」と。そんな複雑な思いのつまった服は、今も氷室の衣装ケースに仕舞われている。なんにせよ、が選んで
くれたというだけで、氷室にとっては特別なものだ。多少の誤魔化しは混じるが、その気持ちに嘘はない。
今頃だと、は塾にでも行っているだろう。夕方に迎えに行ってみようと、氷室は考えた。驚くの顔が目に浮かぶ。
「あ、お茶なくなったな。ごちそうさまでした」
「オレもごちそうさまー」
「敦はまだサラダが残ってるだろ。ほら、食え」
「うえーやだって野菜とかー。室ちんのバカーアホーダサ男ー」
「すみませんお姉さん、サラダもうひとつ」
「わかったってもー食べるからー」
すみませんでした。