緑間の頭を見上げて、はぽかんとしました。両方のこめかみから、ネジが。鈍色のネジが生えています。
 真ん丸の目で下から凝視され、緑間はどことなくバツが悪そうに、眼鏡の位置を正しました。

 「フランケンシュタイン?」

 「……衣装とネタがこれしか思いつかなかったのだよ」

 「え、何の話?」

 「こっちの話だ」

 不愉快そうに歪んだ口元には、縫合の痕を模したペイントが。いつものとおりにきっちりとテーピングが施された手の甲や、首筋にも、肌をつぎはぎしたような縫い目が見えます。 人造人間、フランケンシュタインの怪物の仮装です。しかし、肌は何も加工せず、普段そのままの色なので、逆に妙な感じがします。は思い出したように、小さく 吹き出しました。

 「笑うな」

 「いやいや、それは難しい注文でしょう」

 「……ほう」

 「ご、ごめんって! いやあ、でも緑間くんはおばけの方っていうより、作っちゃった学者さん? だっけ? そっちのが似合うような。眼鏡だし」

 「どちらにしても嬉しくないのだよ」

 ふん、と鼻を鳴らす緑間に、はまた笑います。こういうイベント事にはあまり興味がなさそうな緑間が、それでも自分と同じように仮装をしていることが、おかしくもあり、 嬉しくもあったのです。
 は少しばかり浮かれた気分で、緑間に軽くぶつけるようにしてバケツを突き出しました。

 「まあまあ。ところで緑間くん、さっそくだけど、トリックオアトリート! お菓子ちょうだい!」

 「……ふん」

 緑間はだぼついたズボンのポケットに手を突っ込みました。指先でつまんで取り出したのは、ひとつのチョコレート。それを、が差し出したバケツの中へ無造作に放り込み ます。

 「チョコだ」

 「今日のラッキーアイテムだったのだよ」

 「へえー、タイミングのいい」

 「やはり持っていて正解だったな。これでこれ以上、お前に絡まれなくて済む」

 言い捨てるような声音に、はふと緑間を見上げました。眼鏡越しの不機嫌そうな視線は、どこか他所を睨んでいます。を見てはいません。目が、合いません。
 は、ついさっきまで浮ついていた気分が、すとんと音を立てて落ちるのを見た気がしました。

 「あ……ありがとう」

 「それでも食ってさっさと寝るのだよ」

 「うん、そうする、ね。……」

 「……ん」

 は笑い、俯きました。沈んだ気分が心の底でのたりのたりと渦を巻き、視線までも足元へ引きずり落とします。
 なので、気がつきませんでした。緑間が、俯くのつむじを眺めて、しまった、というように眉をしかめたことを。素直になるというのは、なかなかに難しいことです。緑間は 少しの間、いろいろと葛藤して黙り込んでいましたが、最終的には自棄になりました。

 「……来い」

 「え? ……わっ」

 テーピングをした手が唐突にの視界に入り込み、手首を捕まえました。そのまま少し乱暴に引っ張り、歩かされ、はぱっと顔を上げます。

 「どうせ、これだけかケチくさいとか思っていたのだろう」

 「え、な、ええっ? そんなこと思ってないよ!」

 「殊勝ななど気味が悪いのだよ。……他にも何か、買ってくれてやる」

 ぶっきらぼうな言葉に、は口をつぐみます。
 自分の腕を引いてどんどん歩く、大きな背中。髪が揺れて、その隙間から覗く耳が赤く見えるのは、気のせいでしょうか。問えば、きっとそう答えられるでしょう。はまた、心が ふわりと軽くなるのを感じました。

 「……えへへ」

 「……あまり気持ち悪いと買う気が失せるのだよ」

 「ええー、ひどいなー。前言撤回は男らしくないよ!」

 「知らんのだよ」

 わあわあ言いながらも、結局チョコレートのプレッツェルを買い、2人で分けて食べました。