お菓子を求めてさまようの耳に、ふと声が聞こえました。か細いそれは、水のようにどこからか染み出て、繰り返し繰り返し、の名を呼びます。
は思わず、お菓子のバケツをぎゅうっと胸に抱きました。今日はハロウィンの夜です。本職のおばけ的な何かが出たって、おかしくないのかもしれません。は不安げに
辺りをきょろきょろと見回しました。しかし、右にも左にも後ろにも、声の出所は見つかりません。早いところとんずらした方がよさそうだと、恐々また前に向き直ったそのとき、
真っ白い影がぬうっと、の進路を遮りました。
「さん」
「ぎゃあーっ黒子くんが出たー!! ってあれー黒子くーん!! 黒子くんかー!!」
飛び上がって安堵するの前で、しれっとした顔の白い影は、黒子でした。フードつきの真っ白な布を、頭から爪先まですっぽりと被っています。余った袖をだらんと前に垂らす
その格好は、ハロウィンのオーナメントでもお馴染みの、おばけの仮装です。
「驚きましたか」
「驚いたの何のってもー! いたんならもっと普通に声かけてよ!」
「すみません。けど、せっかくこんな格好をしているので、少し張り切っちゃいました」
「おちゃめだなあ!」
ため息をつくに、黒子は心なし満足げな表情をします。意外とこのイベントと仮装を楽しんでいるようです。
あどけないその様子には微笑ましい気持ちになりますが、同時にいたずら心も湧いてきました。しっかりと驚かされたのですから、こちらからも少しばかりお礼をしてあげるのが、
ハロウィンのお約束というものでしょう。は心の中でうひひと気味悪く笑います。
「ところで黒子くん、今はハロウィンだね」
「そうですね」
「私、お菓子もらいに来たんだー。てことで、トリックオアトリート!」
「あ。すみません、ボクお菓子持ってないです」
「よしキタそれじゃあいたずらだー!」
「え、わ、さん?」
は不意を突き、がばりと黒子に飛びつきました。さすがに驚いたのか、黒子があたふたとしているうちに、先程から目をつけていた白い布の前ボタンをぶちぶちと外して
いきます。中にはいつもの制服がきちんと着つけられていました。心中で軽く舌打ちするでしたが、すかさずその懐へ潜り込みます。前を全開にした布を、今度は自分と、背後にした
黒子ごと、カーテンのように体に巻きつけます。じゃじゃーんと音がしそうなテンションで、は言いました。
「2人羽織!」
5秒程、なんともいえない間が開きました。
2人羽織の中で、黒子はを後ろからぎゅっと抱き締めました。
「そんな可愛いいたずらなら、大歓迎です」
「ぎ、ぎゃあー恥ずかしい! なんかその反応は逆に恥ずかしいよ黒子くん!」
じたばたともがいた2人羽織のおばけは、バランスを崩してそのままこけました。