シャーペンの芯が折れた。と同時に隣の紫原くんから、「あたっ」と軽い悲鳴が漏れる。折れた芯は、どうやら彼に向かって飛んでいったらしい。しかし、 そのことについて私は謝罪するつもりなどない。私の利き手に余分な力を加えさせたのは彼の発言の成すところであるし、その発言のおかげで今の私にはそもそも 謝罪の言葉を述べる余裕もない。
 芯が折れたところで、変に中断されてしまった文字。その先に続いたはずの化学式の解は、見事に頭から吹き飛んでしまった。

 「ど、どうして?」

 やっとの思いでその一言だけをしぼり出す。それがきっかけになったのか、体の硬直も少しだけほどける。ぎしぎし言う首を左に動かして、隣をうかがうことができた。
 紫原くんは、机に半身をぐてんと預けて、恨めしげにこちらを見上げていた。痛かったんだけど、と目が訴えている。だから謝るつもりなどないと。シャーペンを握りしめ、 こちらからも訴える。
 しばしの睨みあいの末、彼が「むう」とうなった。眉間にしわを寄せて、頬をふくらませる。口から突き出た飴の棒が上を向いた。ここは図書室で、飲食禁止なのだが。

 「ちんはさあ、マジメすぎるんだよね」

 答えになっていない応答に、今度は私が眉間にしわを寄せる。紫原くんは机にはりついたままに、ぐっと伸びをした。

 「オレいちいち理由とか考えんのめんどくさいから嫌い。H2Oが水だとかサインコサインの次がタンジェントだとか、何でって聞かれても知らないしどーでもいい」

 こてんと、彼の頭が私の方を向いた。また見上げられるかっこうになる。重そうで眠そうなのに、どうしてか私の意識にまっすぐ突き刺さる視線。私はもう何度も、 それに答えを提出されているのだが。

 「ちんのことは、好きだから好き。それじゃダメ?」

 それならば私はいったい、この回答欄にどのような答えを書き込むべきか。わかってはいるけれど、いつも利き手が震えてどうしようもない。





ベストアンサ


Title / hakusei
ひととせの蝉から拝借