※闘病ヒロイン、カニバリズム表現















 「食べちゃうよ」

 紫原くんの声は、私の肩口でくぐもった。感情が読み取りにくいのはいつものことで、その声音では輪をかけてわかりにくかった。さっきの私の発言は果たして、 彼を悲しませてしまったのか、怒らせてしまったのか。泣いたり喚いたりする代わりに、彼は私を抱き締めた。彼の長い腕はベッドの横から私を引き寄せるにはじゅうぶんで、 私は体を彼に向けてひねるかっこうになってしまい地味に疲れる。でもなんだか平気な気がするのは、労りというものがない彼の腕の力に、 自分が病人であるということを一瞬忘れてしまったからか。
 首筋に歯の感触。寒気と、少し色の違う感覚が、締めつけられた背筋を這う。
 私の死体を食べる紫原くん。コミカルに強調された彼の犬歯が、私の体を噛み砕く。ぱりぱり、ぽりぽりと、聞き慣れた咀嚼音。リアリティに欠けるそのイメージで、 私の体はスナック菓子のように彼に吸収されていく。おいしいかどうかと尋ねたら、彼は首を傾げる。首を傾げて、わからないと答える。それからきっと、少しだけ泣くのだろう。

 「それは、やだなあ」

 「やだったら、死なないで」

 「うん」

 恐らくいちばん簡単な選択肢は、真っ黒なペンで塗り潰された。残された道はひとつだけ。彼が私を食べてしまわないように、この目を開き続ける。





君が死んでしまったらどうしようか


Title / hakusei
ひととせの蝉から拝借