※闘病ヒロイン















 もしも死んでしまっても、私はすぐに成仏とかしたくないなあ。お葬式が始まってお坊さんの読むお経が聞こえる前に、するっと棺桶から逃げ出すんだ。名残惜しいだろうけど、 自分の体とはお別れ。旅に出ようと思う。やり残したこと、っていうよりも、お化けだからこそできることっていろいろあるんじゃないかな。例えば世界一周とか。俗世に生きる 一般ピープルじゃあ、どうしても時間とお金の壁が立ちはだかるでしょ。お化けだったら、きっとそんなの関係ないし。時間の浪費に無賃乗車、食い逃げ不法侵入オールオッケーってね。 食べ物はいらないか。旅といえばグルメだけども、そこはまあしかたない。見るだけで我慢。代わりに美術品でも眺めて、心のお腹をいっぱいにするってのもいいかもね。もちろん、 拝観料はタダで。どんな所でも顔パスのビップな気分で入っていけちゃうよ。社会の裏側とかでも。いや実はけっこう興味あったりしてさ。野次馬根性で。やっぱそういう事務所って 戸棚の裏に黒くてぴかぴかした45口径とか隠してあったりするのかな。ちょっとわくわくするよね。でも実際に見ちゃったらやっぱびっくりするだろうね。疲れちゃうかも。 そうしたら、またふらっとこの街に戻ってこようかなあ。家族にちょっとだけ挨拶して、通学路を散歩して、コンビニに寄って。学校に行ったら、友達をつついてみたり、 先生にいたずらしてみたり、バスケ部がたるんでないか監視してみたり。想像しただけでも、意外と楽しそうだよ。お化けなスローライフ計画。これならいけるかも。なんつって、 ねえ。あははと私は笑った。氷室さんも笑った。カーテンの隙間から差し込む西日が、その横顔に陰をつくる。私のベッド脇に置いたスチール椅子に腰かけて、氷室さんは少し 俯いている。泣きぼくろが本物の涙みたいだった。

 「それじゃあ、オレはどうしような」





君が死んでしまったらどうしようか


Title / hakusei
ひととせの蝉から拝借