※火神、氷室のアメリカ時代妄想につき、ネタバレです。コミック派の方はご注意ください。
  このアメリカはフィクションです。実際の気候、文化とはほとんど関係ありません。






























 その日も朝早くからアレックスの元を訪れバスケの練習に励んでいた大我と辰也は、そのまま彼女の自宅で遅めの昼食をとることになった。三人がよく使うコートの近所に住むも、 途中からその練習風景に見学者として加わり、昼食会にも喜んで参加した。
 女性としてはかなり背の高いアレックスと、小さな小学生が三人、ロサンゼルスの乾いた冬の空気にめいめい首をすくめ、連れ立って歩いていった。

 自宅に上がりジャケットをハンガーにかけながら、ふとアレックスが思い出したように言った。

 「そういやさあ、日本ではカウントダウンと一緒にソバ食うんだろ?」

 「は? そば?」

 「年越しそばのこと?」

 自分のジャケットをさっさと吊るし、ヒーターの前へと飛んでいっていた大我が振り返り、不意の質問に首を傾げた。それを受けて辰也がアレックスに問い返す。部屋が十分に暖まって いないからかまだコートで着ぶくれたままのは、ニット帽の下からのぞく目をぱちぱちと瞬かせた。
 アレックスは「そうそれ!」と指を鳴らすと、その指をそのまま大我と辰也に向け、期待に弾んだ声で言った。

 「実はさー、こないだスーパーで見つけたの買っちゃって。今日の昼飯はお前らでその年越しソバ作ってくれよ!」

 「ええっ!?」

 大我と辰也はそろって口をあんぐりと開けた。突然の振りに、思わず驚きと不満の声も上がる。
 こういうときは、アレックスがあり合わせのもので何か適当な料理を作ってくれるのが常だった。自分たち立っての希望だが、割とスパルタなアレックスの特訓をこなした後だ、疲れて いる。どうせまた午後からも練習を見てもらうのだ、昼食のときくらいはまったりと過ごしたい。加えて、普段家事などやり慣れていない子どもな二人だ、アレックスの提案は正直な ところひどく面倒くさいものだった。

 「アレックス、今日はまだ大みそかじゃないよ」

 「大みそか以外の日に食っちゃダメなのか?」

 「そういうわけじゃないけど……」

 「じゃ、いーじゃん。いっつもアタシが飯作ってやってんだろー。たまには孝行してくれよ」

 「でもそばなんてオレ作ったことねーよ」

 「茹でるだけだろ」

 「知ってんならアレックスが作れよ!」

 「ヤダ! アタシはお前らが作ったソバが食いてーんだ。本場の日本人が作った方が絶対うまいに決まってる」

 「何だそれ……」

 「なー、お前も二人が作ったソバ食いたいよな?」

 アレックスは振り返ると、足元にあったの小さな頭にぽんっとてのひらを乗せた。じっと固まって三人の顔を交互に見つめていただったが、その軽い衝撃に二、三瞬きすると、 ぱあっと花が舞うように明るい表情をした。

 「うん!」

 は生まれも育ちもここ、アメリカだった。両親は日本人であるから日本語を話すことはできるが、物資を取りそろえる手間の問題で、家庭内に日本のものが入ることはあまり ない。しかし幼いなりに、時折両親が語って聞かせる祖国の文化に少なからぬ憧れを抱いているのだろう。「年越しそば」のなんだか特別な響きに、胸をわくわくとさせていた。
 アレックスと同様、期待に満ちたまなざし光線を放つに、大我と辰也はぐっと言葉をつまらせた。自分たちより歳も体も小さいこの少女の笑顔に、二人はとかく弱かった。最強の 味方をつけたアレックスは、にんまりとまた二人に向き直った。

 「ホラ、も食いたいって言ってるぞ」

 「で、でも……」

 「オレらが作ったって……」

 「だあーもう、あんまりつべこべ言ってっとちゅーするぞ!」

 「う、うわあっ!」

 その一言に、二人は顔を赤くして悲鳴を上げた。つい先日まとめてファーストキスを奪われ、その衝撃もまだ冷めやらぬ頃だった。文字どおり悪魔のようなキス魔の高笑いに背中 から追われ、二人はしかたなくキッチンへと駆け込んだ。

 アメリカのキッチンはそれを使用する人々と同様に、基本背が高い。台座となる椅子の上に乗り、とりあえず鍋とそばを用意した大我と辰也だったが、そろって困った顔をした。

 「で、どうすんだ?」

 「さあ……? 茹でるんじゃないかな」

 「だよなあ。えーと、じゃあタツヤ、これに水入れてくれ」

 「わかった」

 「油とか入れんのかなあ」

 「小麦粉は? なんかつけるって聞いたことあるけど」

 「それ麺を作るときじゃなかったけ?」

 「そうなの?」

 「知らねーけど」

 「ネギはほしいよな」

 「あるかなー」

 「ていうかつゆは?」

 疑問符が飛びかう中、それでももたもたと調理は進んだ。用意のいいことに、アレックスはつゆもしっかりと買ってきていた。
 こういう場面で意外にも高い適応力を見せた大我は、 途中からてきぱきと食器の準備やら火の加減を見るなどの仕事をこなし始めた。逆に辰也は大我が呆れて指示を出すまで、延々と麺の茹で加減を見続けていた。指図を受けてもにこにこ としたままそれに従ったところを見ると、上手い具合に楽をしているようだった。なんだか調理がおもしろくなってきた大我はそれに気づかない。冷蔵庫を漁って、これも用意のいい ことに出てきた油揚げなども浮かべてみたりして、しかしまあ、初めてのお料理などこんなものである。
 ようやく盛りつけまで完了した頃には、少々茹ですぎた麺は見事にのび切って いた。


 「なあ、この麺てこんなにぶよぶよしてたか?」

 「うっせー! 文句言わずに食え!」

 「味は悪くないけどね。どうかな、?」

 「おいしい!」

 四人だと少々手狭なテーブルにつき、やいのやいのとでき上がったそばをすする。もともと正午は過ぎていたが、準備に手間取ったこともあり、皆が食べ終わる頃には既に三時の おやつの時間にさしかかっていた。
 我慢の後のご飯という最高の料理をお腹いっぱいに平らげたは、ソファに体を沈め、幸せそうに眠っている。その肩から毛布をかけてやり、両隣に座った大我と辰也も眠気を 乗せた船をこぎ始めていた。
 洗い物を終えてキッチンから戻ってきたアレックスは、エプロンの端で手を拭き拭き、優しげな苦笑を浮かべた。

 「午後練はお休みだな」

 「えっ、オレ眠くなんかねーよ」

 「自己申告してんじゃねーか」

 「はどうするの?」

 「んー、起こすのもかわいそうだからな。親御さんには連絡入れとくよ。お前らもな。だから安心して、ホレ、寝ちまえ寝ちまえ」

 アレックスはもう一枚大きい毛布を持ってきて、ばさりと広げた。暖かい部屋の中、柔らかいソファの上で三人まとめてくるまれ、心地よい眠気はいよいよ増す。すやすやと穏やかな 寝息を立てると、素直に目を閉じた辰也。最後まで抵抗していた大我だったが、寝る子は育つというアレックスの言になだめられ、やがておとなしくなった。
 身を寄せ合って眠る三人は、冬の小鳥のきょうだいのようだった。

 「来年もよろしくな」

 柔らかい声でささやいて、アレックスは三人の額にキスをした。