※妄想とねつ造による黒子の家とお母さんが登場します。決して公式設定ではありませんので、ご注意を。






























 「あけましておめでとうございまーす」

 ジャージの上にダウン姿で、は玄関の敷居をまたいだ。たたきを上がって、それからまっすぐ続く廊下の向こうまで飛ばすように声をかける。じきにぱたぱたとスリッパが床を 叩く軽い足音が聞こえ、ひょっこりと黒子が姿を見せた。上はトレーナー、下はいわゆるあったかルームウエアである。

 「あけましておめでとうございます、。どうぞ上がってください」

 「うんー。テツヤそれパジャマ?」

 「こそパジャマですか?」

 おかしそうにちょこんと笑み、黒子は廊下を奥へと入っていった。親しき仲にも礼儀あり、はおじゃましますを言うと靴を脱いできちんと揃え、少しよれたトレーナーの背中を 追った。お互い様だが、警戒心のかけらもない様子に改めて苦笑する。と黒子はもうずいぶん昔からのお隣りさんだった。



 あっち側とこっち側を協力して持って、押し入れからがたがたと七輪を取り出す。それをとりあえず畳敷きの部屋の端に据え置いて、は曲がった腰を伸ばしながら、ふうと年寄り じみた息をついた。

 「そういえばおばさんは?」

 「きなこを買いに行きました。年末に買い忘れていたみたいで、これがなきゃ始まらないと」

 「そっかあ。あれ、でも焼き餅にきなこって味つきにくくない?」

 「かければいいんじゃないですか?」

 「ふうん」

 「それにしても、すみません。こんなお餅消費大会につき合わせてしまって」

 「いーよいーよ、お餅おいしいし。しかしうっかり切り餅三袋買っちゃったって、おばさんてば相変わらずドジっ子だねー」



 七輪を庭に出してから、は一度台所へ戻り、切り餅の袋と適当な器、割り箸を取ってきた。ダウンを羽織り、マフラーと耳当てをつけてもまだ寒い。縁側へと続くガラス戸を 開けた途端吹き込んだ風に、は首をすくめて抱えていた袋を思わず抱きしめた。縁石に無造作に置かれていたつっかけに文字どおり爪先からつっこみ、砂利が敷かれた地面を 摺るように黒子の元へと向かった。その音に、黒子は覗き込んでいた七輪から顔を上げた。

 「あ。ありがとうございます」

 「さーむい! もうちょっと厚着すりゃよかったかな」

 「こっちこっち。火は起こしましたから、焼きながら温まりましょう」

 七輪の前でしゃがみ込む黒子の隣に、も同じように背中を丸めて収まった。七輪の腹の中には真っ黒い炭が転がり、火をつけられたそれは端々が橙色に光り、ときたま小さく はぜる。だいたいどの家庭もぬくい部屋の中でまったりとテレビなど見て過ごしている、正月の昼間。穏やかな静けさが満ちる空気に、その音は冬らしく冴えて聞こえた。
 黒子は袋の 口を破り、白く四角い餅を二個、指先で取り出した。それをそのまま、十分に熱の通った金網の上に並べてことんと置く。しばらくそのままで、は手袋越しでもかじかむ指をこすり 合わせながら、今はまだかたい餅が膨らみ始める様を想像した。

 「切り餅ってさ、煮たり焼いたりする前は正直微妙だよね。消しゴムみたいで」

 「これからしこたま食べるのになえること言わないでください、。想像力ですよ、想像力」

 「働かせた結果がこれだよ」

 「なるほど」

 「あー、早く焼けないかなあ」



 果たしてじきに、二つの餅は膨らみ始めた。四角の中心から芽が出るように盛り上がり、やがて熱された気球みたく膨らみは伸び上がる。ほどよく焦げ目もつき、理想的な焼き餅が でき上がった。優しい米の匂いが、火の温かさと共に広がる。
 箸を片手に目を輝かせていたの肩を、不意に黒子がつついた。が隣を見て首を傾げた隙に、二つの餅の膨らんだ 部分が互いに寄りかかるようにぺたんとくっついた。はそれに気づくと、あっと声を上げた。黒子も少しだけ目を丸くしたが、すぐに小さく声に出して笑った。

 「僕とですね」

 「え」

 「今年もよろしくお願いします」

 の頬にも、餅とそろいの赤い焦げ目がついた。数度瞬きをして、更に目線を泳がせた後に、冬の蚊のような声でお願いしますと返した。隣で微笑む黒子に、ダウンの下から覗く ジャージの裾がやけに気になった。